田中千代・民俗衣装・コレクション

アメリカ (U.S.A.)



(1940年収集)

[インディアン酋長の服装]

[衣装の構成]

頭飾り
ズボン
チョッキ

 これは出所が明確にわかっているものではないが、カナダのサスカチェワン州 (Saskatchewan) から米国中部のミズーリ州にかけて、大平原とプレーリー草原にその昔、野牛 (バファロ) を追って゛武勇で豊かな生活をしていたブラックフット (Blackfoot) と呼ばれるアルゴンキン語系の大民族が、儀式用に使った豪快な鳥の羽根の頭飾りを中心とした服装で、アメリカ・インディアンの男の威厳を示す代表的なものである。頭飾りの基部に当たる帽子は茶褐色のフェルトで作られ、後部に巾25cm、長さ80cmの赤いフェルトの布が垂らされ、帽子の前部からこの後方のフェルトの両側に沿って、長さ45cmもある黒い堅い鳥の尾羽 (quill) が40余本植えられている。ズボンは薄茶色の鹿革で、両側に側章のように5cm巾のビーズ飾りが付いている。チョッキも鹿革で、麻の裏が付き、前身ごろに緑、青、赤のビーズで花や鳥の図案が刺繍されている。


ズボン チョッキ


アメリカ (U.S.A.)



(1940年収集)

[インディアン女子の服装]

[衣装の構成]

ワンピース・ドレス
頭飾り

 鹿革のワンピースの衿刳りはスラッシュド・ネックラインにあけられ、直線裁ちの身頃はウエストで切替えられており、袖は上身頃に続けて裁ちだされ、全体に青、赤、黄、紺などの美しいビーズで一面に刺繍されているので非常に重い。下身頃は前後4本のダーツをとり、裾巾70cmのやや裾広がりのもので、右脇、袖口、裾に10〜12cmのフリンジが付く。袖巾は30cmもあって広く、袖下は全部開けられており、二箇所に紐が付いていて結ばれる。頭飾りは巾5cmの茶褐色の毛織物に紺、白、赤のビーズ刺繍が施され、前中央には長さ30cmもある白で先が赤く染められた鳥の羽根が3本付けてある。
ネックレスは白い貝と、赤、黄、青、紺などの小さな陶磁が美しく組合された長いもの。
膝あたりまで達する深いブーツを履く。この履物はインディアン固有のものではなく西部の乗馬靴である。


ワンピース・ドレス 頭飾り ネックレス



足首を保護するものか



アメリカ (U.S.A.)



(1940年収集)

[インディアン酋長の服装]

[衣装の構成]

上衣
ズボン
頭飾り

 上衣は赤いバックスキンで、上衣丈70cmのシャツ風のゆったりした仕立てである。シャツ・カラーの衿元から22cmの前明きを黒の打紐で結びあわす。身頃の両脇に10cm巾の赤ビロードの"マチ"が入り、前後の脇に開けられた穴に通す黒の打紐の締め具合で、マチの巾を調節する。衿、肩から胸元および背にかけて、白、赤、青、黒などのビーズが一面に刺繍されている。その為非常に重い。頭飾りは環状に鳥の尾羽根を植えたものである。


上衣 ズボン 頭飾り


アメリカ (U.S.A.)



(1940年収集)

セミノール・インディアンの服装

[衣装の構成]

ブラウス
スカート

 ブラウスは赤の木綿で作られたシャツ型、丈59cm、巾55cmで衿なし、前中央に12cmの切込みあきを作っている。明きは金属の釦で留められる。脇と肩にダーツが入り、前身頃左右脇よりに2本ずつ、後身頃、肩に左右1本ずつ浅いタックがたたまれている。袖は丈30cm、巾20cm、袖口はタックをとってやや狭くなり2cm巾のカフスが付いている。
 スカートは草色の木綿で作られ、丈が80cm、裾巾4mで、ゆったりした裾広がりになっている。ウエストで細かくタックがたたまれ、裾に2段の切替があり、ギャザーがかなり入っている。
 これは南東部に住んでいたマスコギアン語族のセミノール・インディアン (Seminol Indian) の服装で、彼らは現在はフロリダ、オクラホーマ両州の保護地に相当数住んでいる。彼らの平常着は次第に実用的な現代服に変りつつあるが、この図に見るように配色に個性を残しており、また、男女ともに共通な髪の結い方に特色がある。(1960年)


アメリカ (U.S.A.)
ハワイ (Hawaii Islands)



(1940年収集)

[衣装名]
左 ムームー (muu-muu)
右 ホロムー (holo-muu)

 ハワイに到着する観光客は、男はアロハ・シャツ (aloha shirts) に女はムームーに着替えてくつろぐ人が多い。ハワイは常夏の気候と、ポリネシア的な開放感の故であるが、島ではアロハは執務にも使われ、ムームーは社交場でも通用するから便利なものである。ムームーは、昔、原住民カナカ族の教化に当たったアメリカ宣教師の指導によって出来たものと言われるが、立派に民俗衣装となり、観光客にはリゾート・ウェアとして成功している。またアロハ・シャツは1920年頃からの流行で、その普及には日系米人のデザインと、日本製布地が大きな役割を果たし、これまた民俗衣装になりきっている。
 左図はムームーの基本形であるが、中国服の影響を受けたものにチナ・ムー (China-muu) があり、また変り袖付きのものにホロムー (右図) がある。毎年流行があって型や配色が変るのは現代服として生きている証拠である。
 このムームーは木綿で、赤地に大柄な観葉植物の模様を染め出したもの。大きく刳った衿刳りは共布で縁取り始末され、着丈は125cm、裾巾70cmのずんどう型、胸と背をヨークで切替え、そこに9cm巾のフリルが付く。袖は袖山にギャザーのあるキャップ・スリーブである。首飾りはレイ (lei) で遠来の客の首にかける慣わしである。(この図では造花のレイを掛けているが、通常生花が使われる)
 右図はホロムーでウエストに軽いくびれがあり、両脇裾に20cmのスリット、袖は変形袖で袖下が26cmのスリットになっている。


ムームー ホロムー アロハ・シャツ


アメリカ (U.S.A.)


(1940年収集)

カウボーイの服装
[衣装の構成]
シャツ
ズボン
ベスト

オーバーズボン
(シャパレイオウス chaparajos)

帽子
ネッカチーフ

 北アメリカの乗馬の歴史はメキシコ及び米国南西部において、16世紀の騎士によって始められたが、それまで家畜は犬しか知らなかったアメリカ・インディアンは1850年代に馬を知り、たちまち巧に裸馬を乗りこなすようになった。西部の広大な放牧地帯に牛の群れを追うカウボーイは、古い騎士の乗馬や、米国陸軍騎馬兵隊の流れをくみ、またインディアンの野性的な馬術に刺激されて、西部独特なスタイルを完成した。その服装はメキシコのソンブレロの影響を受けた、つば広の帽子と、派手な木綿のシャツ、革製のベスト、堅い牛革で保護された太いズボン。二挺ピストル、踵の高い (キューバン・ヒール) 乗馬靴、ネッカチーフの組合せといったもので、いわゆるカウボーイ姿である。


シャツ ベスト 帽子

ベルト

オーバーズボン オーバーズボン ズボン
ネッカチーフ ピストル・ケース ベルト


アメリカ (U.S.A.)


(1961年収集)
ブルージーンズと娘の平常着

 左の2体は、細綾織綿布、即ち、ジーンズ・トイル (jeans toil) という緯斜文織の丈夫な綿布で作られた特殊なズボンである。男女共に殆ど同型のものが使われ、紺染めなのでブルー・ジーンズ (blue jeans) と呼ばれる。ジーン (jean) の地合いは雲斎よりやや薄く、綾金巾より厚くて、斜紋の畝は余り目立たない。都会では作業服、ハイキング、家庭着としても使われ、学童は通学から一日中の遊び着として用い、田舎では野良着として用いられ、西部では男女とも平常着として一日中着て過ごす事もある。脚部を細めにして腰にぴったりつくように、又、股上一杯に、そして裾は長めに仕立てられ、女性は裾を深く折り返して、やや白っぽい裏面を見せてはく事が多い。
 ジーンズは洗いざらして色があせたのが喜ばれるが、これは一つには堅い地質が古びてなめらかに着やすくなるからでもあろう。
 リーヴァイス (Levis) と呼ばれるのは、ストラウス・リーヴァイ (Strauss Levi) が売り出したジーンズの商標で、その特徴は、擦り切れやすい箇所に銅の丸い鋲を打ってあることである。またダンガリーズ (dungarees) と呼ばれることもあるが、これはヒンドスターニー語のデゥングリ (dungri) から出た、ダンガリーというインド産系の木綿の粗布で作ったズボンの事で、ジーンズの別名として使われる。ブルー・ジーンズは米国において80余年の歴史を持ち、全国に普及して国民服の趣がある。同様の地質のものにブルー・デニム (blue denim) があり、米人が好んで着るオーヴァーオール (overaroll) にもジーンと共に使われる。
 右の3体はアメリカ娘の平常着で、木綿の淡色の丈夫なティアード・スカートにフリルの付いた白木綿のブラウスという組合せで、米国の若い娘の好む、流行を越えた夏の平常着である。ブラウスはもっと衿刳りを大きくし、肩まで見せ、ゆったりと豊かな胸を包んだものが多い。またスカートと白いブラウスの上に、淡色のバルキーなカーディガンを着、袖を二の腕まで捲り上げておくのは戦後の好みである。(1961年)