田中千代・モードのあゆみ 

芦屋市立美術博物館「田中千代展」図録より



1932年 鐘紡のサービス・ステーションが開店
武藤千世子夫人から協力を依頼される。

 大阪・心斎橋にカネボウ・サービス・ステーションが開店したのは1932年3月の春分の日だった。
開店の日のお手伝いを頼まれ、行って見ると・布地を購入した方への無料裁断、注文服の採寸とデザインをするという仕事であった。あわただしい日を過ごしてみると、とても一日で済む仕事ではなく、仮縫い、お届けといつのまにかカネボウに通っていた。繁華街、歌舞伎座、松竹座などがあたりにあるという場所柄、芸者、役者、ダンサーなど山の手では知り合うことのない色々な方々と出会い、さまざまな経験をし、知識を深める事が出来た。
 ショー・ウインドーの飾りも私の仕事となったが、当時、綿と絹が主力だったカネボウの布で冬のウインドーを興味をそそるように飾るのは難題であった。そこで思いついたのがニュー・キモノで、キルティングしたクレープ・デシンの短い茶羽織や、花柄のキモノと羽織のアンサンブルなど、奇抜なセットも場所柄ヒットした。
ニュー・アイデアが商品化されたのも役者やダンサーの皆さんがいたからである。 
 他に、製品の向上をはかるため、工場から出来たばかりの新しい布を洋服に作り上げ、消費者の反応をみるのも私の仕事であった。
 無料裁断から始まり、工場と消費者とを結ぶパイプラインの役目にまで発展していった私の責任も重大であったが、一生懸命その使命を果たしてこれたのも津田社長をはじめとする皆様のおかげである。 

  (田中千代、田中千代学園 50年史 1982年)


1932年
大阪・心斎橋店の後に出来た
東京・銀座3丁目の
カネボウ・サービス・ステーション
ウインドー内、千代作品


カネボーのためのデザイン(1932年)
「パジャマ・ドレス」(1982年復元)

パジャマ・ドレスを着た当時の
モデル (1932年)

カネボーのためのデザイン
(1933年秋) モデル田中千代
カネボウのためのデザイン
モデル田中千代
「婦人の友」1936年2月号掲載

兵児帯のブラウス (1935年)
モデル入江たか子

兵児帯のブラウス (1935年)
モデル田中千代

カネボウ・サービス・ステーション
(銀座3丁目)のウインドー
田中千代デザイン 1939年1月

カネボウ・サービス・ステーション
にて (1939年)